めまい・ふらつき・浮遊感 について

一瞬のめまいだけで終わらず、その後も、足元や感覚が定まらない感じが残る。
周囲には分かりづらいけれど、日常の中で確かに負担になっている状態があります。
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説明を受けたあとも、不安定さだけが残っているように感じられる静かな空間
説明を受けたあとも、不安定さだけが残っているように感じられる静かな空間
一度、めまいやふらつきを強く感じる体験があると、その場がおさまったあとも、足元が不確かだったり、体の位置感覚が定まらない感じが、しばらく残るように感じることがあります。
実際には倒れているわけでも、何かが起きているわけでもなくても、立ち上がるとき、歩き出す瞬間、外出先で立ち止まったとき、視線を動かしたときなど、ちょっとしたきっかけで、体が先に不安定さを思い出すような感覚が出てくることがあります。
その結果、歩き方を意識しすぎたり、周囲の支えを無意識に探したり、「今は控えておこう」という判断を重ねるうちに、行動の幅が少しずつ狭く感じられるようになることもあります。
それにもかかわらず、
「検査で異常がないなら大丈夫」
「しばらく様子を見ましょう」
と言われてしまうと、この不安定さそのものをうまく説明できないまま、自分の感じ方が大げさなのでは、と抱え込んでしまう方も少なくありません。
ここでお伝えするめまい・ふらつき・浮遊感は、気の持ちようや不安の強さとしてではなく、体の感覚が先に揺らぎ、その影響が生活の中に残り続けている状態として整理しています。
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うまく説明できない感覚

形や輪郭が定まらず、感覚だけが宙に浮いているように感じられる余白のある風景
形や輪郭が定まらず、感覚だけが宙に浮いているように感じられる余白のある風景
めまいやふらつきがあると、「今どう感じているか」を言葉にしようとした瞬間に、うまく掴めなくなることがあります。
まっすぐ立っているはずなのに、床や地面が少し遠く感じたり、足が触れている感覚だけが頼りなくなることがあります。
歩いている途中で、急に視界や距離感が変わったように感じて、一瞬、自分の体がどこにあるのか分からなくなるような感覚が出ることもあります。

その場では何とかやり過ごせても、「また起きるかもしれない」という感覚だけが残り、外出先や移動中に、無意識の緊張が続いてしまうこともあります。
人に説明しようとしても、痛みやはっきりした異常があるわけではないため、自分でも整理しきれないまま、言葉が止まってしまうことも少なくありません。
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なぜ起きやすいのか

日常の用事や気がかりが重なり、落ち着く余地が少なくなっているように感じられる生活の一場面
日常の用事や気がかりが重なり、落ち着く余地が少なくなっているように感じられる生活の一場面
めまいやふらつきは、ある日突然、理由もなく起きているように感じられることがあります。
ただ、振り返ってみると、忙しさが続いていたり、休めない状態が重なっていたり、体にとって余裕の少ない時間が続いていたという方も少なくありません。
強い症状が出たあと、「何とかしなければ」「元に戻さなければ」と意識が向くほど、体の感覚に注意が集まりやすくなり、落ち着こうとする動きそのものが、逆に体を張らせてしまうこともあります。

また、日常の中で、無理をしない選択や、安全側の行動を重ねていくうちに、体が緊張したままの状態を保つ時間が長くなることもあります。

ここで大切なのは、「原因を特定すること」や「正しく対処すること」ではなく、体が反応しやすい状態が、生活の中で続いているという視点です。
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気にしすぎているだけ?

周囲の言葉が背景に溶け込み、感覚だけが内側に残っているように感じられる静かな空間
周囲の言葉が背景に溶け込み、感覚だけが内側に残っているように感じられる静かな空間
めまいやふらつきが続くと、
「考えすぎなのではないか」
「気にしなければ平気になるのではないか」
と、自分に言い聞かせようとする方も少なくありません。
実際、周囲からも
「気にしすぎだよ」
「考えないようにしたほうがいい」
と言われることがあります。
ただ、この状態を経験している人ほど、分かっていても意識が向いてしまう、気にしないようにしようとしても、感覚のほうが先に立ち上がってしまう、そんなズレを感じていることが多いようです。
めまいやふらつきは、何かを考えたから起きるというより、体が先に反応してしまう状態が続いている中で、あとから意識が追いついてくる、そんな順番で起きていることもあります。
そのため、「気にしないようにしよう」と頑張るほど、逆に感覚を確かめる回数が増えてしまい、結果として「気にしている自分」だけが強調されてしまうこともあります。
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休めばそのうち戻る?

布団に包まれた静かな時間が流れているものの、変化が起きているかは分からない余白のある場面
布団に包まれた静かな時間が流れているものの、変化が起きているかは分からない余白のある場面
「疲れているだけ」
「ちゃんと休めば、そのうち戻る」
そう言われることも多く、自分でもそう信じたいと思う方は少なくありません。
もちろん、休むことそのものが悪いわけではありません。
ただ、横になったり、予定を減らしたりしても、体の緊張や不安定さが、思ったほど抜けないと感じることもあります。
それは、休めていないからではなく、休んでいる間も、どこかで感覚を確かめ続けていたり、「ちゃんと戻っているか」を無意識に点検し続けているために、体が完全に緩む形を取りきれない、という場合もあります。
結果として、
「こんなに休んでいるのに変わらない」
「自分は回復しにくいのではないか」
と、余計な不安が重なってしまうこともあります。
ここで大切なのは、休む・休まないを判断することよりも、体が張ったままの状態が、生活の中で続いていないかという視点です。
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このセンターでの向き合い方

パソコンやメモを前に、静かな時間の中で状況を整理しているように感じられる場面
パソコンやメモを前に、静かな時間の中で状況を整理しているように感じられる場面
このセンターでは、めまいやふらつき、浮遊感を "今すぐどうにかするもの" としては見ていません。
まず大切にしているのは、これ以上、体に余計な負担を重ねないことです。
無理に慣れようとしたり、気にしないように頑張ったり、早く元に戻そうと力を入れすぎると、体のほうが構えたままになってしまうことがあります。

ここでは、「どうすれば止まるか」ではなく、どんな状態が続いているのかを、一緒に整理するところから始めます。

体の感覚が先に動き、その影響が生活の中に残っている場合、必要なのは刺激や努力ではなく、張りが続いている状態に、これ以上手を加えない余地です。
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初回では、今のめまいやふらつきが、どのような場面で強まりやすいのか、どんなときに少し楽になるのかを、判断や評価をせずに確認していきます。

ここは、「頑張り方を教える場所」ではありません。
今の状態を、無理に変えずに見ていく場所です。
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